ErgoDox の壊れたキースイッチを交換する

この記事は ErgoDox Advent Calendar 2016 の3日目です。今日は、皆さんのご家庭でもできる「簡単、Cherry スイッチの分解手順!」をご紹介したいと思います。

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近況

突然の ErgoDox ブームから早9か月、皆さんのキーボードライフはいかがでしょうか? 僕もブームに乗って、当時からこんな記事を書いて情報収集やパーツ集めに勤しんでおります。

okapies.hateblo.jp

あと、meetup で LT もやりましたね。

https://eventdots.jp/report/20160610_588645eventdots.jp

正直なところ、使いこなしに情熱と労力が必要な部類のガジェットですし、商業ベースの分割キーボードが登場し始めた昨今、あえてコレを選ぶ理由も少しずつ減ってきている気もしますが、しかし、我が家にやって来た ErgoDox 君は今日も元気に活躍中です。

現在は、新たに Massdrop で調達した GMK 製キーキャップO-Ring を組み込んで使っています。段差付きの Cherry profile のキーキャップに取り換えたことで打ちやすさが向上したほか、僕は打鍵が強い方(カチャカチャ、ッターン!)なので、ゴム製の O-Ring を装備して打鍵の衝撃を吸収することで指にかかる負荷を軽減しています。

僕は元々は HHKB Pro Type-S ユーザなのですが、スイッチに赤軸をチョイスしていることもあって、むしろ以前よりも軽快なタイピング環境を実現できています。あのスコスコした打ち心地も捨てがたいんですけどね…。

キースイッチのチャタリング問題

というわけで、一番の目的であった肩凝りも改善されて(最近はむしろ腰痛が…)快適な ErgoDox ライフを送っています。万歳!

…ところが、秋に入った頃から、次第にキーのチャタリング現象 (Contact bounce) に悩まされるようになってきました。

ErgoDox EZ は、キースイッチとして Gateron を採用しています。これは、その名の通り Gateron という会社が供給している Cherry MX クローンのスイッチで、自作キーボード界隈のデファクト的なパーツなのですが、どうもこいつの調子が良くない。

具体的には、特定のキーで打鍵しても入力されなかったり、一回の打鍵で何文字も入力されてしまいます。典型的なチャタリングですね。これ自体は、メカニカルスイッチである以上は避けようがないのですが、数か月で現象が出るのはひどい…。*1

普通の市販のキーボードなら、泣く泣く「買いなおす」の一択ですが、そこは我らの DIY キーボード ErgoDox。この場合、解決策は二つあります。一つはファームウェアでの debouncing 設定の調整、もう一つはスイッチ部品の交換です。

ファームウェアで debouncing する

一つ目は、ファームウェアの debouncing 設定を調整する方法です。

そもそもチャタリングはなぜ起きるのでしょうか? キースイッチは、下記の図のようにキーを押し込んだ時に電極が接触したり離れたりすることで、電圧を変化させる機構になっています。

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ファームウェアは、一定間隔でスイッチの電圧をスキャンすることでキーの押下を判定するのですが、スイッチが機械的にヘタってくると電圧の変化が不安定になって、短時間で何回もスイッチを上げ下げしたかのように判定されてしまうことがあります。

これを回避するには、ファームウェア側で「スイッチの押下状態が一定期間(5 ms とか)継続された場合のみ有効な打鍵と判定する」と処理してやるのが有効です。これを debouncing といいます。ErgoDox のファームウェアには DEBOUNCE 定数 が用意されており、これを調整すると問題を軽減できるようです(デフォルト値は 5)。以下で紹介するキースイッチの交換が難しい場合は試してみると良いかもしれません。ファームウェアをビルドして書き込む方法については前回の記事を参照してください。

(DEBOUNCE 定数の調整については、あまり大きな値を設定すると弊害があります。識者が技術的な解説を GitHubコメントして下さっていますので、英語ですがご参考までに。)

キースイッチの交換

もう一つは、今回の記事の本題であるキースイッチの物理的な交換です。チャタリングの原因がスイッチの上側の部分(バネ、軸、カバー)にある場合は、これで問題が改善します。

補足(12/17): スイッチのメンテナンスについて「接点復活剤でも改善するのでは?」というご指摘を受けました。下側の電極部分の問題の場合は、こちらを試してみるのも手かもしれません。化学物質なので、例えばプラスティックが溶けるような成分が入ってないか注意しましょう(参考)。直に吹き付けるのもやめた方がいいかも。

補足(2017/10/29): 以下で説明するスイッチ交換ではどうしてもチャタリングが直らなかったスイッチの電極部分に、KURE の エレクトロニッククリーナーコンタクトスプレーを試したところ改善しました。半年程度の時点では不具合も出ていないので、スイッチ交換の前にこちらを試してみるのも手かもしれません。

僕の場合、メカニカルキーボードの ErgoDox を入手した時点でチャタリングの発生は予見していた *2 ので、Massdrop で Gateron スイッチ単品の出品を見つけた際に予め確保していました。後述するように、EZ に付いてくるものと完全に同じものではないようで、後から入手した方がハウジングが若干タイトでガタツキが少ない気がします(気のせいかもしれないけど。

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Massdrop の Gateron は定期的に再出品されるようなので、今は問題がない人でも予備を確保する意味で出品をチェックしておくことをお勧めします(購入確定後1ヵ月くらいで届く。120 個入りで $25 くらい)。また、少し割高ですが、すぐに入手したい場合は Mechanical Keyboards1Up KeyboardsClueboard などの EC サイトで買う手もあります(補足: 国内でオリジナルの Cherry MX スイッチを入手する方法について、記事の最後に追記しました。)(補足2: PCB mount か Plate mount か選べ、と言われる場合がありますが、基本は Plate mount で問題ないです。PCB mount は固定用の追加の出っ張りがあるバージョン)。

あと、チャタリング以外にも、ドイツの GMK electronic design 製のキーキャップは Gateron スイッチと相性問題(下側に力を入れて押下した際にひっかかりがある)がありますが、これもスイッチの交換で直る場合があります。

僕の場合は、実際にスイッチを交換したら問題が解消したので、ロット固有の問題なのか製造時期の問題なのかもよく分からない(製造番号とか書いてないので)のですが、同様の問題に当たった方は試してみる価値はあるかと思います。

www.youtube.com

工具の準備

では、交換用のスイッチの在庫を確保している前提で話を進めていきます。まず、交換にあたってはいくつか工具を準備する必要があります。

  1. キーキャップ引き抜き工具
  2. ピンセット(or マイナスドライバー)
  3. キースイッチ分解工具

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キーキャップ(キートップ)引き抜き工具は、キーボードの清掃用として国内でも容易に入手できます。僕はダイヤテックの販売している FILCO 製のやつを使っていますが、類似の製品はいくつかあるので、どれかを入手すればよいでしょう。

ピンセットは、あれば便利というレベルで必須ではありません。ホームセンターとかで適当に買ってきましょう。マイナスドライバーとかでもよいですが、先が曲がっているものが使いやすいかもしれません。

問題は、キースイッチの分解 (disassembly) 工具です。Cherry MX 系のスイッチはハウジングが上下で分かれていて、四か所のツメで固定する構造になっています。つまり、このツメを外側に持ち上げてやれば上側のカバーを取り外せます。

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ただ、この写真では下からピンセットで持ち上げていますが、実際にはスイッチはキーボードの基盤に半田付けされていて下側からのアクセスは難しいので、上側からカバーの両端の穴から何かを差し込む形になります。ドライバーでこじ開けてもいいんですが、二か所ないし四か所を同時に持ち上げないといけないので、そこそこ面倒です。専用の工具も売ってるんですが、日本在住だと $7 の工具を手に入れるのに国際輸送でプラス $35 とかさすがにちょっと…。

というわけで、自分で分解工具を作ってしまいましょう。幸い、身近な材料で簡単に自作できます。

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はい、そこら辺に転がってるふつーのバインダークリップですね。大きさは、あまり太いものを選ぶと加工しにくいし何より穴に入らないので、15 mm くらいの小さめのやつで十分です。

加工も簡単です。クリップを分解して針金の部分を取り外し、曲がっている部分が少しだけ外側を向くようにペンチなどで捻じ曲げてやります。

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これだけ。実際に穴に差し込んでみると、こんな感じで先端部分でツメを外側へ持ち上げられます。

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交換作業

工具さえ揃えば、あとはお茶の子サイサイ(死語)です。やってみましょう。(言うまでもありませんが、以下の作業は自己責任でお願いします)

まず、引き抜き工具でキーキャップを取り外して、交換対象のキースイッチを露出させます。作業性を考えて、周りのキーキャップも一緒に取り外すとよいです。

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次に、先ほどの分解工具を写真のように穴に突き差して、グッと真ん中に引き寄せながら持ち上げると…

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このようにパカッと開いて、スイッチの下側の電極だけが残ります。この部分は基盤にはんだ付けされていて、壊すと面倒なので気を付けましょう。

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ちなみに、写真のように一気に開けるのが難しい場合は片側ずつ持ち上げても大丈夫。ピンセットで押さえながら持ち上げるとやりやすいです。

最後に、新しいスイッチを分解してバネ、軸、カバーを取り出し、それら三つを元通りに穴へはめ込めば交換完了です。

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ね、簡単でしょう?

まとめ

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というわけで、キーボードの中で一番故障しやすいスイッチが壊れても自分で直せるようになったので、愛用の ErgoDox をメーカーの供給状態に左右されずに末永くメンテできるようになりました。

まぁ、ここまでの手順を確立するのにかなり時間を費やしたのは確かで、改めて一般人向けのガジェットではないなと思うものの、気になる部分を一つ一つ自分で直したり改良したりできるのは、やはり DIY キーボードの魅力かと。「手がかかるほどかわいい」は真理ですね。…誰だ、沼とか言ったの!

そんなわけで、PFU さんがセパレート式 HHKB を出すまでは当面コレで頑張ってみたいと思います。

追記: Cherry MX の入手方法について

互換品ではない正規の Cherry MX スイッチを国内で入手するルートがあるようです(10 個 770 円)。在庫が不足する場合もあるようですが、売っていたら確保しておくと良いかも。

www.jw-shop.com

ErgoDox EZ は Gateron ですが、互換性があるので Gateron を分解して Cherry を取り付けることは問題なくできるようです。実際に試した方によると「違和感なし」とのこと。

ただ、互換品とはいえ異なるメーカーの製品を組み合わせることになるので、あくまで自己責任でお願いします。また、軸によっては色が同じでも荷重が違う場合があるのでご注意。

*1:あまり他でそういう話は聞かないので、これは「外れ」を引いたんだろうか…。

*2:これがメカニカルのつらいところですが、世界的には静電容量無接点方式スイッチが普通に手に入るのって東プレを擁する日本だけみたいだし。