コロナ時代の VR 音楽イベント・ガイド
コロナ禍の折、皆様はいかにお過ごしだろうか。僕は、所属先の業務の多くがリモートでも遂行可能なこともあり、2月中旬からずっと家で仕事をしている。しかし、もちろん弊社は非常に幸運な例であり大きな影響を受けている業界も少なくない。
その一つが、僕も折りに触れて参加している商業音楽イベントだ。先日、ようやく緊急事態宣言が解除されたとはいえ、感染者数は一進一退であり、いわゆる「三密」の象徴とも言えるライブの類は当分難しいだろう。
そのような情勢を反映して、音楽業界では YouTube などの動画配信プラットフォームを使った音楽イベントのオンライン化が数多く試みられている。今のところは収益度外視、あるいはチャリティ名目というものが多いが、事態の長期化はほぼ間違いない以上、CD 売上の減少に伴ってライブビジネスへ転換を進めてきたと言われる音楽業界にとって、ビジネスモデルの面で新たなチャレンジを強いられることになる。
←今年 去年→#SecondSky pic.twitter.com/LyLXW3HqWM
— Noriyuki IMAMURA (@n_ckl) 2020年5月10日
そもそも、我々は「ライブという体験」に何を求めてチケット代を払い、わざわざ会場へ足を運んでいたのだろうか? そして、オンラインで同じ価値を実現するには何が必要だろうか? この一ヶ月ほど、いくつかのオンラインライブを視聴する機会があったので、個人的に考えたことをまとめてみたい。
目次
動画プラットフォームの活用
コロナ禍で self-quarantine を余儀なくされているファンに向けて、自分のパフォーマンスを配信しようとしたアーティストが直面したのは、そもそも「会場が使えない」という問題だった。よって、ジャニーズのようにコロナ流行前から会場を押さえていた場合を除いて、自宅での収録が基本となる。
例えば、この B'z のパフォーマンスでは、各自が収録した演奏を編集で組み合わせることで、国内外のメンバーとの「おうちセッション ("HOME" session)」を成立させている。
また、このような事前に収録した動画の配信だけでなく、ストリーミング配信によるイベントも盛んに行われている。
例えば、世界最大規模の EDM フェス Tomorrowland のオンラインイベント "United Through Music" では、DJ 達のパフォーマンスが YouTube 上でライブ配信され、観客はチャット上でリアクションを返すことができた。また、本イベントは Zoom 経由でも参加でき、家のカメラの前でノリノリで聴取している「観客」たちの様子を共に配信するといった工夫も盛り込まれている。
あと、少人数なら「密」ではないということか、EDC 主催の "Virtual Rave A Thon" では、自宅ではなく無観客のスタジオを使用していた。この場合、高価な機材やライティングが使用できるので、より「非日常感」を演出しやすい。
youtu.be(個人的には、この Z-Trip の職人芸の光る DJ プレイがとても良かった。初っ端から司会者の直前の音声をミックス素材化し始めて楽しい)
日本でも、秋葉原の MOGRA が Twitch で無観客の配信を続けている他、いくつかのクラブが配信のみの営業を行っている。
仮想空間でのライブ
このように、YouTube や Twitch などの配信プラットフォームの普及により、コロナ以前から、配信者−視聴者間の「チャット」や「スパチャ(投げ銭)」を介したコミュニケーションがすでに一般的なものになっていたことは、ライブのオンライン化にとって幸運だったと言える。
しかし、我々が「ライブ」という非日常的な体験に求めているのは、単に好きなアーティストの演奏を聞いて楽しむということだけではなかったはずだ。それは例えば、光と音の洪水に投げ込まれる「没入感」だったり、隣の観客と一緒に歓声を張り上げ、歌に合わせて腕を振り上げる「一体感」だろう。
このことから、自宅に居ながらにしてあたかもライブ会場にいるかのような感覚を与えることができる、仮想空間プラットフォームを活用するアイデアが出てくるのは自然だと言える。今回のコロナ禍に対応して、既存のオンラインゲームを活用したものから専用の VR プラットフォームに至るまで、様々な試みがされている。
興味深いのは、「会場」というハコの捉え方からそこでの「観客」の位置付けに至るまで、イベントによって実に様々なアプローチがなされていることだ。以下では、いくつかの取り組みを紹介していきたい。
会場を仮想世界に写し取る
Blockeley は、コロナにより卒業式が不可能になったカルフォルニア大学バークレー校 (UC Berkeley) の学生たちが、仮想空間で卒業式を開催するため、Minecraft の中で敷地と校舎を再現するというプロジェクトだ。完成した校舎は、学外からも Minecraft クライアントでアクセスできる。当日は、学長が自身のアバターで参加して式辞を読み上げたようだ。
また、同時に卒業記念パーティーとして、世界各国から招聘した DJ によるバーチャル音楽フェスが開催された。もちろん同様に、実際のフェス会場を模してDJ ステージや照明が完備されたスタジアムが Minecraft 内に用意された。
音楽イベントの仮想化という点で見ると、Blockeley は最も基本的な形と言えるだろう。つまり、現実のフェス会場のレイアウトをそのままモデリングしたものになっている。観客は観客席でジャンプやエモートで盛り上がり、演者はステージに上がって音楽を流す。また、観客はステージに進入できないようになっており、観客席とシステム的に区別されている。
「第四の壁」を取り除く
ステージと観客席を区別して配置するモデリングは、現実の会場レイアウトを反映しており分かりやすい。しかし、この区別は本質的なのだろうか? つまり、物理世界で興行をトラブルなく進行するための運営上の制約に過ぎないのでは、ということだ。例えば、ステージに興奮した観客がなだれ込んだら演奏どころではなくなる。大勢の人間を一箇所に集めた際の警備をどうするか、というのは、現実のイベントでは大きな問題だ。*1
一方で、仮想空間のイベントではそのような問題はない。いや、ないわけではないが、その負担は大いに軽減される。興奮した客に楽器をひっくり返されたくないなら、主催者はそういう「コード」を実装すれば良い。あるいは、厄介な客をつまみ出すために警備員を雇わずとも、ワンボタンでミュートするなり BAN するなりすれば済む。もし、仮想空間への移行によって運営上の問題が解決され、ステージと観客席を分け隔てる必要がないのなら、もはや第四の壁は存在しない。
例えば、4月末に VRChat(VR ヘッドセットを使うソーシャル VR アプリの一つ)内で開催されたこのライブイベントでは、途中で会場がライブハウス風の場所から「電脳空間」へとまるごと切り替わる。ここでは、ステージと観客席の区別が取り払われ、観客はステージの「中」で演者のパフォーマンスを体験することになる。
他にも、有志が開発した DepthField という仕組みを使い、サテライト会場なのに VR の中でメイン会場の VR が体験できるなど、先鋭的な仕組みがいくつも取り入れられていたようだ。
youtu.be(演奏は 1:29:00 あたりから)
これは有志による非商業的なものだが、もっと大規模かつ商業的に行われたものもある。人気バトロワゲーム「フォートナイト (Fortnite)」内で行われた音楽イベントも、仮想空間でのライブパフォーマンスについての興味深い取り組みの一つだ。公式発表によれば、本イベントは同時接続数が 1,230 万人に達したという。以下の記事によれば、収益面でも大きな成功を収めたようだ。
もともと、フォートナイトはシューティングゲームでありながら「建物を建てながら銃で撃ち合う」というゲーム性から、大量に用意された3Dモデル部品を組み合わせてプレイヤー自身が自由なマップを作れる「クリエイティブモード」を提供するなど、仮想空間プラットフォームとしての機能を備えている。この特性を活かしてか、フォートナイトは昨年にも世界的人気 DJ マシュメロをゲストとして同様のイベントを行っていた。
この時は Blockeley と同様の「舞台−観客席」形式だったが、人気ラッパートラヴィス・スコットを招いた今回のイベントでは、その取り組みをより進化させたものになった。イベントは、マップ全体がステージとなった広大な会場に、巨大な「神」と化したトラヴィス・スコットが観客を蜘蛛の子のように吹き飛ばして登場するのを皮切りに、曲に合わせて場面が次々と切り替わっていき、最終的に宇宙にまで達する。
このイベントは、現時点のこの種の取り組みとしては、最も完成度の高いものと言ってよいだろう。以下の動画は、実際にプレイしていなくても、その面白さを十分に楽しむことができるものになっている。
観客の抽象化
前節ではステージと観客席の融合について見てきたが、ライブ会場のモデル化については、それ以外にも様々な切り口があるように思う。その一つは「観客をどう表現するか」ということだ。その具体例として、個人的に大ファンである DJ のポーター・ロビンソンが主催した Secret Sky を取り上げたい。
これは、YouTube や Twitch 上で、ポーターが直々に指名した19組のアーティスト達が入れ替わり立ち替わり、14時間に渡って自宅などから DJ セットをプレイするという企画。当日の様子については以下の記事が詳しい。
ポーターは、以前の記事でも紹介したように、アニメ好きが高じすぎて日本の大手アニメスタジオと組んで新曲のミュージック・ビデオを作ってしまうほど日本のオタク文化やサブカルに造詣が深く、この日の参加アーティストにも3人の日本人(kz、長谷川白紙、キズナアイ)が含まれていた。また、彼自身のセットでも序盤から ICO のBGM や「ちょびっツ」OPテーマ曲をシレっと放り込むなど、フリーダムな選曲センスを遺憾なく発揮。
さて、本題だが、Second Sky ならではの取り組みとして、動画配信と並行して Web 上に VR 会場を用意したことが挙げられる。まず、下記のツイートの動画を見てほしい(音出し推奨)。
Last Saturday we launched a virtual music festival called Secret Sky with @porterrobinson. Over half a million attendees from all over the world came through the digital auditorium during the 14-hour show. Here some highlights. #secretsky #webgl pic.twitter.com/bVtBkAvKts
— Active Theory (@active_theory) 2020年5月12日
つまり、観客はアバターではなくサイリウムなのだ。確かに、会場自体は「舞台−観客席」のモデリングを採用しており、なんなら VIP エリア(会場後方の坂の部分)まで備えているが、しかし、ここには「観客とは自己表現する主体ではなくサイリウムである」という圧倒的な割り切りがある。そして、互いの動作はサーバを介してリアルタイムに同期されているので、自分を操作することで「みんなでサイリウムを振る」こともできる。
この VR ライブ会場は、アメリカのクリエイティブ集団 Active Theory が開発した技術を用いて実現された。ライブ会場のサイトはすでにクローズしているが、彼らはポーターの新作アルバム "Nurture" の PR サイトの制作にも関わっており、ここでほとんど同じものを体験できる。これも Secret Sky と同様に自分の操作がオンラインで同期されるので、たまたま同時にアクセスしている人がいれば(左下の表示が CONNECTED になる)、一緒に仮想空間を飛び回ることができる。*2
この仕組みの興味深い点は、WebGL で実装されているので、スマホを含む現代のモダンな Web ブラウザでならまず動くということだ。また、観客は単なる線なので、多数の観客を収容しても高価な GPU は必要ないし、何ならスマホやタブレットからもアクセスできる。つまり、ゲームなどの専用クライアントを必要とする他の方式と比べて、圧倒的に多くのファンにリーチできる。*3
ライブの臨場感とは、揺らめくサイリウムだったのかもしれない。
— 多々良 タツキ (@char_omni) 2020年5月10日
ユーザーの抽象化=サイリウム。描画が楽。集まると綺麗。ジャニーズ無観客ライブでも重要視されていた印象。
「光の線」の自己同一性は相当低いけどwebインタラクションで自己帰属感を持たせているのが技アリ。
うまい!#SecretSky pic.twitter.com/1epqtnsjxT
音楽イベントの本質とは何か
この記事で挙げた二つの論点、つまり「ステージと観客席の融合」と「観客の抽象化」*4は、どちらも「多人数が参加するイベントにおいて必然的に発生する物理的制約とどう向き合うか」という議論に関係している。
前者は、会場レイアウトを制約していた「イベント警備」が必要でなくなった時に起こりうる変化を示している。これは、今まで制約に縛られてきたクリエイティブな想像力を解き放つ土壌となるに違いない。一方で、後者は「観客側のデバイスが積んでいる GPU 性能」という、短期的にはいかんともしがたい制約をどう解くかということだ。
特に後者については、なかなか難しい問題を孕んでいる。VRChat をやると分かるのだが、作り込まれた 3D モデルやアバターが存在する仮想空間にアクセスすると、あっという間に GPU メモリが悲鳴を上げ始める。なので、上で紹介した VRChat のイベントを見ると分かるのだが、この手の大人数のイベントでは観客を強制的に「手」とか「カカシ」にする運用になっているようだ。それでも、同じ空間に数百人を詰め込むのは難しいのではないかと思う。
これは、自己表現の一環として、自身のアバターを装飾する 3D モデルを互いに売買することでクリエイターを中心とした経済を駆動することを狙っている、多くの VR プラットフォームのビジネスモデルとは率直に言って矛盾してしまう。3D空間を使ったオンラインフェスが、Minecraft やフォートナイトなどの既存のゲームをインフラとして使っているのは、ゲームをやるような人間は強い GPU を持っているということもあるだろうし、他にもあらかじめ最適化が施されたモデルを使わないと現実的な性能で描画できない、という話もありそうだ。*5
だから、できるだけ多くの観客に一体感を共有してもらうことを重視するなら、Secret Sky の方式はかなり正解に近いのではないかと思う。例えば、これにワンボタンでエモートできる機能とか音声入力の機能を持たせたりすると、かなり面白いことができそうだ。
一方で、ある種の参加者にとってライブは自己表現の場でもある、というのも事実である。そうでなければ、誰も色とりどりのフラッグを持ち込んだり凝ったペイントをして臨んだりはしないだろう。だとするなら、真に必要なのは、あらゆるご家庭にプレステ5や NVIDIA の高性能 GPU を積んだテレビを配ることなのかもしれない。
現在は、オンラインイベントにとって、あらゆる意味で過渡期であることは間違いない。音楽ファンの一人として、業界を盛り上げるようなとびきり面白いアイデアが出てくることを期待している。
*1:Wikipedia の「興行」の項目では、芸能界とヤクザが結びつきやすい背景として「狭い区域にたくさんの観衆を集めるという構造上の特質から、暴力による妨害に弱いため、古くから不良を手なずける意味もあって、ヤクザ者・暴力団との腐れ縁があり、またヤクザ自身が興行を手がけることも多かった。」という解説がある。
*2:この方式について、このツイートでは「風ノ旅ビト」というゲームの影響を示唆している。ちょっと調べてみた限りでは、たしかに同じセンスを感じる。
*3:当日は、観客が殺到したことで Google Cloud に DDoS 判定されてアクセス拒否されたりとか、色々あったみたいだが…w
*5:この辺りのチューニングについてはあまり詳しくないのだが。